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000街の納豆屋さんが育む、古き良き日本の納豆文化
日本の納豆文化は、江戸時代は今よりずっと多様だったと言える。豆腐屋のように、その街ごとに納豆屋があった。ほんの数十年前までは、毎朝、納豆を持って売り歩く「納豆売り」までいたそうだ。今では、豆腐売りもほぼなくなり、一部の地域で屋台のラーメンが残るくらいだろうか。納豆をつくる人から、直接買うことが日常のひとつだったのだ。
日本の納豆市場は、右肩上がりで拡大しているが、実際につくっている納豆屋の数は、1963年時点で858社だったが、2019年にはたった112社にまで減っている。納豆の製造が、いかに集約化・大規模化が進んできたかが分かる。
「らくだ坂納豆工房(大阪府大阪市)」がつくる「谷町納豆」は、ある意味で、本来の納豆そのものだと言える。その理由は、納豆菌にある。納豆は、浸漬した大豆を蒸して、納豆菌が活発に動く温度帯で保持することで、発酵し納豆ができあがるという非常にシンプルな発酵食品である。大豆と納豆菌のみでつくられる納豆が故に、その素材の力は大きな影響力を持つ。中でも、「らくだ坂納豆工房」が特筆すべきは、無農薬で育てられた米の稲藁に棲みつく天然の納豆菌を使って発酵せることにある。パッケージの中にも、数本の稲藁が入って売られている。たったこれだけでいいの?という驚きを持つが、食べてみるとわかる。納豆菌の生命力たるや、、、この力を味わっているのだろうと納得する。
「谷町納豆」がつくられているのかを知るために、代表の伊戸川浩一さんにお話を伺ってみた。大阪市内のど真ん中で、周囲にオフィスや住宅が立ち並ぶ中に、坂の傾斜を生かした建物に工房が構えられていた。
「うちでは豆腐にしてもおいしいと言われる、大粒で甘味と旨味の強い『とよまどか』を使っています。たんぱく質と糖分を多く含んでいる点は、納豆になったときの旨味に繋がっています。大豆を蒸す際は、ギリギリまで柔らかくすることで食べやすい食感を出し、使う水を最小限にすることで可能な限り旨味を逃がさないようにしている」
伺った日も、ちょうど蒸したての大豆が出来上がったところだった。一口頬張ると、甘い!!!そして、工房の中に立ち込める大豆を蒸した香りが本当にいい香り。この甘みと香りもたっぷり含んでいる大豆が重要なのである。
スーパーマーケットで売られている納豆の多くは純粋培養された納豆菌を、蒸した大豆に噴きかけて発酵させていく。味や品質が安定するため、全国の需要をまかなうための集約化した納豆工場としては、必要な生産方法になる。私たちがいつでも欲しい時に納豆が手に入ることは、間違いなく、この納豆の産業化の恩恵だと言える。
一方で、「らくだ坂納豆工房」では無農薬で育てられた稲藁に棲みつく納豆菌を利用する。当然、納豆菌以外の様々な微生物もいるわけなので、使用する前にはしっかりと煮沸消毒をする。納豆菌はたくましい。そんな熱煮沸程度では死なない。これまた、納豆菌の生命力たるや、、、納豆を食べると健康になるのは、納豆菌が体内でこんな働きをして、、、という知識なんて何もなくても、この生命力をいただいていることを思えば、すぐに想像ができる。「素の味」には、そういう感覚的な健やかさを味わえることが多い。
「発酵の時間は、添加した納豆菌だと20時間前後。天然の納豆菌の場合は、24時間〜40時間かかります。ゆっくりと発酵する分、大豆の旨味が残っていて、深みがある」。
「らくだ坂納豆工房」の納豆は、稲藁由来の複雑な香りや、納豆菌がしっかり仕事をしている納豆香が力強い。また、粘り気も強く、よく蒸されて柔らかくした大豆が、口の中でとろける。大粒の大豆ならではの旨味をぎゅっと感じる納豆は、醤油をつけるのは野暮だと思えてしまう。むしろ、塩をつけるだけがちょうど良いように思えるほど。
醤油やタレをかけずとも、塩だけでそのまま食べておいしい理由は、納豆づくりの最初から最後まで大豆の旨味を大切にしているからだろう。
そして、この納豆、1パックあたり500gで販売されている。一般的な納豆パックは40gくらいなので、10倍以上の容量になる。納豆好きには嬉しいボリュームでしかないのだが、1食分ずつ食べたい方が多いこともよくわかる。ただ、一度試してみると、その魅力に気づく。
納豆の素の味は、やはり稲藁の納豆にあると思う。Table to Farmでは、納豆の素の味の魅力を伝えていくことが使命だと思っているが、やはりこれだけは補足しておきたいと思った。
伊戸川さんは、そういった日本の現状を深く理解しながら、未来についてこう話してくれた。
「日本のいろんな地域に納豆屋さんがあったら、たくさんの納豆を楽しめていいですよね。稲藁でなくても、木でも葉っぱでも納豆をつくることはできます。作り方もとてもシンプルなので、言ってしまえば、やろうと思えば誰でもできること。僕はいろんなその地域の魅力を伝えるような納豆をつくる納豆屋さんが各地に増えていくといいなと思っています」。
納豆はおいしい。
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