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000「亀の尾」を巡る旅の全てのきっかけ
「荒生勘四郎農場(山形県酒田市)」の荒生秀紀さんは、自然栽培で「亀の尾」を栽培している作り手のひとりだ。「亀の尾」は庄内平野で生まれた品種で、コシヒカリやササニシキの祖にあたる。150cm程度にまで成長することがあり、過剰に肥料分を与えてしまうと、成長のし過ぎで強風などによって倒れてしまう可能性がある。

自然栽培との相性は良いのだが、栽培技術がないと収穫できる量が減ってしまい、「亀の尾」の栽培は難しいと言われることがある。荒生さんが育てる「亀の尾」は、粒がしっかりしていて、噛めば噛むほど旨味が出てくる。荒生さんは農業の博士号を取得していることもあり、おいしさの理由を詳しく知るために、直接お話を聞きに行った。

2023年10月5日。羽田空港から庄内空港へのフライトに乗る直前に山形周辺で大雨警報が出て、最悪の場合は羽田空港に引き返す可能性もあった。飛行機が着陸態勢に入るために高度を下げ始めたとき、少しだけれど晴れ間を確認できた。庄内平野にはあたり一面に田んぼが広がっていて、米どころであることが一目で分かり、不安は大きな期待へと変わっていった。庄内空港から北へ車でおよそ20分。小雨が降っていたことと、稲刈りのピークが過ぎていたことが相まって、荒生さんのご自宅でゆっくりとお話しすることができた。
荒生さんが農業を始めたのは2000年。もともとは化学分野のエンジニアとして働いていて、食に興味があったわけではなく、毎日のようにコンビニ弁当を食べる生活を送っていた。ある日、体調を崩し、自分が食べるお米を育てることを決意。農業で生計を立てるつもりはなかったそうだが、難しさや大変さに直面しながらも、やればやる分だけ気づきや発見があり、興味が湧いてくるようになった。
例えば、田んぼに植物性の有機肥料を入れることは効果があると考えられているが、思うような結果に繋がらない場合もある。荒生さんは今では農家として生活をしながら、実験と観察を繰り返し、農法を改善し続け、稲にとって良い農業のあり方を見つけようとしている。

「僕は人間よりも自然の方が優秀だと考えているから、自然に任せられるときは任せた方がいいと思うんだよね。だから、僕のやり方は『自分がお米を育てている』よりも『自然にできたお米をいただいている』感覚に近いかな。亀の尾は、育て始めたときは150cmくらいになるものもあったけれど、自家採取をしていくうちに、だんだん背が低くなってきている。稲として環境に適応していることを感じられて、とてもおもしろいですよ」。
荒生さんは江戸時代の農法からも知識や知恵を学んでいる。化学肥料や農薬などが存在しない時代ではどのようにお米を育てていたのだろうかと考え、『日本農書全集』(1977年刊行)から「中打ち八へん、犬を餓死させる」ということわざを見つける。

これは中国を起源とするもので、除草作業をたくさん行えば、食べられる実の少ない米が減り、それを与えられていた犬の餌がなくなるくらいに米の品質が良くなることを意味している。当時は手作業でお米を育てていて、雑草を取るのは体力を必要とする。なるべく回数を減らしたいはずにもかかわらず、それを多くやることを勧める理由を知るために、荒生さんは山形大学にて研究を始める。1回、2回、4回、8回、12回、16回の除草作業を行う実験をして、4回以上であれば、収穫できるお米の量が増えることを確認。
「雑草を取る際に土がかき混ぜられることは、稲の根に栄養分が行き渡るなど、プラスに働いている可能性がある」と、荒生さんは予測している。

農薬を使わない分、自然栽培は除草作業や防虫作業を手で行う必要があるため、一般的には手入れをする回数が増える。お米づくりの難しさについて荒生さんに尋ねてみると、「自然栽培に向いているかどうかの判断基準は、暇な時間に耐えられるかどうか」と、驚きの回答が返ってきた。
子育てのように目を離してはいけない時期は、お米づくりにもある。稲が持っている力を信じれば、ある一定の時期を超えてからは、自然に育っていくようになる。おさえるべきところをおさえれば、そこまで時間はかからないのではないか。

荒生さんからお話を聞き、より自然な栽培方法をやればやるほど、「亀の尾」はおいしく育つ可能性があることが分かってきた。ちなみに、お話をしている途中に、玄米の「亀の尾」を食べさせてもらったところ、玄米だとは思えないほどにもちもちした食感をしていて、今でも記憶に強く残っている。

これをきっかけにTable to Farmは「亀の尾」を調べていきたいという興味を持つようになった。日本には決して多くはないけれど、「亀の尾」を育てている作り手がいる。それぞれの作り手から「亀の尾」を購入し、同じ条件で炊き上げ、その味の特徴を吟味し続けている。

荒生さんは「種はそこにとどまるものではなく、広まることに意味があるんです」と言っていた。「亀の尾」の種籾を購入できる場所は少なく、入手しづらいけれど、荒生さんと力を合わせれば、新たなチャレンジをしたいと思っている作り手と一緒に、おいしさを広げていくことができるかもしれない。
荒生さんとの出会いは、Table to Farmが「亀の尾」を広げていきたいと考えるきっかけとなった。
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