スーパーマーケットで一番高いお酢が本当は一番安い理由

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スーパーマーケットで一番高いお酢が本当は一番安い理由

取材・文:Table to Farm 編集部
写真:峰岡 歩未

世界には、お酢が4000種あるとされる。その地に根ざした酒が酢酸発酵することで生まれるため、酒の歴史と酢の歴史は切っても切り離せない。当然、日本にもさまざまな酢があり、日本酒からつくられる米酢、鹿児島には甕仕込みの黒酢、柿の産地には柿酢など、各地で郷土の文化として親しまれてきた。


中でも、日本で最も多く製造されているものといえば、米酢。お米だけを原材料にしている米酢を「純米酢」と呼び、1Lあたりの米酢に、およそ120gのお米が必要とされる。(ちなみに、酢1Lあたりに対してお米が40g以上入っているものを米酢と呼ぶことができるため、純米酢と呼ばない米酢の中には、概ね醸造用アルコールが添加されているものが多い)

1893年(明治26年)創業。「飯尾醸造(京都府宮津市)」がつくる純米酢「純米富士酢」は、まろやかな酸味と深いコクがある。余韻が長く、酸味の中にやわらかい甘みを感じる印象も持つ。お米の旨味がぎゅっと詰まっていて、まるで出汁が入っているように思えるほど。他にも全国の多くの純米酢とも比較してみたけれど、酸味のまろやかさは特筆すべき存在だと思えた。ツンっと鼻に刺すような酸味が全くないのだ。



宮津市は、日本海に面した、京都でも最北のエリアに位置する。目の前には海が広がり、棚田での米づくりが昔ながらに続いている。お酢づくりは、米づくり、酒づくり、そしてやっと、お酢づくりへとつながっているもの。米の景色が、酢の景色そのものとも言えるだろう。

5代目の飯尾彰浩さんに聞くと、「3代目の飯尾輝之助さんが安心で安全なお酢を届けたいと考え、1964年から無農薬栽培を契約農家に委託しはじめました。今では「日本の里100選」に選ばれた上世屋(かみせや)町の棚田で、自社で農薬だけではなく化学肥料も使わずにお米を育てています。必要であれば農機具を契約農家に貸し出すこともあります」と。



契約農家の方々とは長いお付き合いが大事。だからこそ、農機具を貸し出しすることもあれば、通常よりも高く(3〜3.5倍)買い取るようにしているのだそう。お米の旨みを感じられるお酢ができるためには、なによりその材料となる米が大事となる。そして、農家が米づくりを続けることを、現実的に捉えるためにも買取価格の底上げがあってこそ、理想を現実にすることができる。

さて、お酢づくりの話に戻りたい。


お酢の発酵方法は、100日〜200日かけてゆっくりと発酵させる方法「表面発酵法(静置発酵法)」と、8時間〜48時間で素早く発酵させる方法「全面発酵法(深部発酵法)」の大きく分けて2種類がある。


「飯尾醸造」は、創業当時から表面発酵法(静置発酵法)を続けている。タンクの中で日本酒と水、その前の年に仕込んだお酢(種酢)を合わせた後、その表面に130年以上にわたって受け継がれている酢酸菌膜を浮かべる。

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2〜3日後、酢酸菌膜は表面を全て覆い、空気中の酸素を使ってアルコール分をお酢へと変える。発酵熱によって表面の温度は40℃前後に上がり、一方でタンクの下部は夏は25℃前後。冬はさらに10℃前後となり、タンク内の上下で温度差が生まれる。さらに、水よりも比重の軽い日本酒と、比重の重い酢によって、自然とタンクの中で比重差による動きも生まれる。


温度差と比重の違いによる相乗効果で、タンク内には自然と対流が起き、全体の発酵がゆっくり進んでいく。タンク内のアルコール分がなくなる頃には、しっかり丸みのある「富士酢」ができあがっていく。

そこからさらに、250日〜300日の熟成を経る。期間中、何度かタンクを移し替えていく。その時々にしっかり空気に触れさせることで、よりまろやかに仕上がるそうだ。


「一般的な米酢の有機酸は約99%が酢酸ですが、うちの『富士酢』シリーズは約85%です。残りの15%にコハク酸やリンゴ酸などの他の酸が含まれているので、尖った酸味がなく、柔らかい口当たりに仕上がるのです」



なるほど。豊かな旨みは、農薬や化学肥料に頼らずに育てた米の持つたくましい力の賜物。そして、複雑でまろやかな酸味は、時間をかけてじっくり発酵熟成させていく過程の中で生まれる。多様な菌たちの働きは大きい。


計画的に生産する工業性は、安定したものづくり、計画生産するものづくりには、不可欠な要素だと言える。もちろん、経営としても。しかし、計画できないことの中に、おいしさの「素の味」に必要な要素はたくさんあるように思える。それをいかに合わせるかは、本当に難しい。

「日本全国にお酢蔵は400軒ほどありますが、自社でお酢をつくっているのは100軒程度で、残りは違うお酢蔵から濃度の濃いお酢を仕入れて、それを薄めて販売しているのも現状」。そもそもお酢づくりさえも行わないお酢蔵がほとんどのなか、「飯尾醸造」はお米づくりと日本酒づくりにも力を入れ、一気通貫でお酢をつくっている。


飯尾さんは「ここまでやっているのは、おそらく世界を見渡しても、私たちだけでしょう」と。ただ、やっていることは、それ以上にも思える。たしかにスーパーマーケットの中では、最も高いお酢かもしれない。しかし、このお酢ができるまでの時間を知れば、それが最も安いことが見えてくる。

Product

純米富士酢(飯尾醸造)

日本三景の天橋立で知られる、日本海に面した自然豊かな京都府宮津市で創業して131年。飯尾醸造は、全国有数の原料栽培から醸造までの一貫生産を続けているお酢屋。地元農家と共に米を作り、日本酒を醸し、菌の力で自然発酵させて造ったこの純米酢は、酸味だけではなく味に深みがあり、まろやかでコクを感じる一品です。  

¥648

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