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000純血の日本牛を自然循環型放牧で広げる
ある日の料理店。「特別な赤身の牛肉がある」と教えてもらい、食べてみることにした。焼いている段階から香りが良い。実質もしっとりとしていて、しなやかさもある。噛めば噛むほど、口の中に旨味が広がる。その牛こそ、ここでご紹介する「竹の谷蔓牛(たけのたにつるうし)」でした。
竹の谷蔓牛とは、日本に現存する純血の牛のひとつ。黒毛和牛の祖にあたる。岡山県新見市に、竹の谷蔓牛を孤高にも育て続けている牛飼いがいると聞いた。
2023年7月25日。岡山駅から北へと車でおよそ2時間。目的地の「神郷釜村(しんごうかまむら)」は鳥取県との県境にあり、険しい山の奥深くにある集落。スマホの電波も途切れがちになりながら、ジリジリと肌が焼けていくような真夏日に、牛飼いの平田五三さんの元へ訪ねた。
「たけんたに(※竹の谷蔓牛のこと)は、昔はいっぱいおった。それが今となっては、育てているのは、ここいらではわしひとり。霜降りの肉が売れるようになって、たけんたには売れなくなってしもうた」。
現在、牛肉の等級とその取り引き金額は、1960年代に導入された格付け制度によって決まる。歩留まりが良く、脂が多く入っているような、いわゆる“A5ランク“を最上とする格付けの仕組み。
竹の谷蔓牛は、1772年に生まれたとされているが、今から250年も前、当然、移動手段や農耕手段に機会なんてものはない。重い荷物を運び、田畑を耕す役牛として育てられていた。その名残りか、他の品種との交配が一切行われていないので、今でも筋肉質で、余計な脂が入らず、生きる力のある牛と思える。しかし、現在の市場評価の中では、高い評価を得ることが難しいのが現実だ。
ちなみに、純血が守られている牛の品種は、天然記念物に指定されている“口之島牛(くちのしまうし)“と“見島牛(みしまうし)“以外では、“但馬牛“と、この“竹の谷蔓牛“しかいない。天然記念物は、当然食べることは禁止されているため、食べることができる品種といえば、たったの2種となるのだが、但馬牛の血統の基礎になっている周助蔓(しゅうすけつる)は、1848年前後に生まれたとされていて、竹の谷蔓牛が1772年に生まれているため、可能性として、竹の谷蔓牛が周助蔓の祖になっている説もある。
つまり、竹の谷蔓牛は食べられる品種としては最も古い品種だと言えるだろう。
平田さんは、竹の谷蔓牛を育てることについて、「ひとり者だからできとる」と語る。他の品種が成牛になるまで2〜3年かかるところ、竹の谷蔓牛は4〜5年かかる。市場で評価されにくい上に、現金化されるまでの時間が長いため、生計を立てることが難しい。ひとりだからできることは、決して持続的な回答とはならないだろう。
また、夏は涼しく動きやすい朝早い時間に、牛の餌になる草を山に刈りに行く。牛の健康を考え、消化の手助けになる自家製発酵飼料をつくる。運動のために牛舎の外に牛を出すなど、どの作業も重労働だ。やはり、作業の負担は歳を重ねるごとに大きくなってしまう。
平田さんは「たけんたにのDNAがなくなったら、日本のひとつの文化が途絶えることになる。わしの仕事は、本当は行政の仕事だと思うとるけど、純血の牛は今からつくることは絶対にできんのだから、わしが守っていかないといけん」と語る。
竹の谷蔓牛が現存しているのは、日本全国では28頭しかおらず、そのうち雄は3頭だ。平田さんの牛舎にも、今は7頭しか残っていない。
日本の和牛の原点であり、祖と言える、竹の谷蔓牛の未来を考えると、大きく4つの変化が必要に思えた。
◯長期育成のための前払い購入
通常の牛よりも長い期間の育成が必要となれば、資金繰りが大変になることは想像に難くない。買う側が分割して先払いしながら購入することができれば、生産者だけがリスクを負わなくて済むようになるのではないだろうか。
◯育成場所分散による自然災害や疫病などのリスク回避
疫病の発生も自然災害も予測できない。これほど減ってしまった頭数の中では、予測できないリスクに対しては未然に防げる可能性は確実に実施した方がいいと言える。
◯若手畜産家への事業承継
平田さんの思いを、そしてこの希少となってしまった品種を継承する意味でも、継承先となる畜産家は、誰でも良いというわけにはいかない。思いの共感はもちろん、物理的な飼育技術に長け、霜降り肉ではなく、赤身肉の価値を理解した生産者であることも必要と言える。
◯自然循環型放牧への転換
自然放牧を実現することは、牛の健康としても大きな影響はあるだろう。もちろん、平田さんのように高齢畜産家にとっては、自然の中ですくすくと育ってくれることは、作業を軽減することにもつながる。何より、平田さんの思いとしても、もっと広い場所で飼ってやれたら、という思いを実現してあげれないだろうか。
これらは頭で考えるのは簡単だが、実際には簡単な話ではない。そんな中、以前よりTable to Farmとも親交のあった、北海道十勝・松橋農場の松橋泰尋さんが、平田五美さんの後継者として認められた。こんな奇跡があるだろうか。
「より広大な環境でのびのび育ててやってほしい」
自身の名前をつけたたった1頭の雄牛“平田五美”と、雌3頭が、2023年7月25日に託されることになり、現在、十勝の気候へ馴染むための準備を整え、いよいよ2025年春から、放牧時に牧草を食べ、有機の畑で育つ、小麦、大豆、じゃがいもなどを発酵させた餌を与えて育てる“自然循環型放牧”が始まる。これから、少しずつ、牛を増やしていくことができるかもしれない。
純血の日本牛の新たな歴史がはじまるのだ。
「たけんたにの肉は、針で突き刺した跡のように、ポツン、ポツンと脂が入っている。わしは赤身の肉は本当においしいと思うとる」
もし、生活者においしい肉として評価されるようになれば、高く肉が売れるようになり、竹の谷蔓牛を育てたいと思う畜産家も、これから増えていくかもしれない。おいしくて、すこやかで、文化を残すことができる。
生活者の購入という意思表示を、共感として、資金として、ちゃんと生産者に返していくための、最初のCSFプロジェクトが産声をあげた。
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