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000伝統の春仕込みに働き手として参加する
「小笠原味淋(愛知県碧南市)」の本みりん“一子相傳(いっしそうでん)”をつくる代表の小笠原和哉さんから「1年間で最も忙しくなる春のおよそ2週間の仕込み期間に、どうしてもスタッフが不足してしまう」と悩みを伺った。各地で訪問する、素晴らしい生産者の方々にも、それぞれに悩みがある。良いものを作れば、その技術を学び、経験を積みたい若者は確かにいるだろう。しかし、それだけではないのも現実だ。たった2週間だけの採用をすることはそう容易くはない。

あらゆる製造業に共通することだと言えるが、1年を通して満遍なく作業があることはなく、特定の時期にやるべき作業が集中することは多い。通年でスタッフを雇うほどではない時に、そのサポートをしてもらう採用はなかなか難しい。
例年、近隣の大学の「日本酒研究会」に所属する学生たちが参加してくれていたそうだ。しかし、2024年はなかなか人が集まらない。構想段階から、CSFを通して考えていた取り組みの一つとして、作り手を労働力の観点からサポートする仕組みは、どのような内容になるのか、自分たちも身をもって体感してみるべきと考え、メンバーの一人である小嶋正太郎が参加することにした。

2024年3月7日。到着早々に小笠原さんにご挨拶に伺ったところ、真っ先に言われたことは「髪を切って、髭を剃ってほしい」だった。当時、小嶋は髪を後ろで結えられるくらいに長く、こんもりとした髭を生やしていた。髪や髭は、異物混入のリスクになる。
「誰かの口に入れるものをつくっているから、来て早々に言うことではないけれど、分かってほしい」と。急な話で驚きはあったが、当然のことだと思えた。伝えるのも難しかったに違いない。小嶋は、一番近い床屋に駆けつけ、髪を切り、髭を剃り、すぐに現場に戻った。たべる側が知ることの一つに、そういった徹底した生産への取り組みというのもある。だからこそ、私たちは日々、安心して食べられているのだから。
加えて驚いたことに、手洗いの徹底があった。
それだけを聞けば当然と言えば当然のことだが、洗い物をする時、室に入る時、何か下に落ちたものを拾う時、、、あらゆる瞬間で何度も何度も入念に手を洗う。3月初旬で外は寒く、水は冷たい。
みりんを仕込む工程を知ると、何度も手を洗う理由がよくよく理解できていく。

みりんの原材料は、米麹、もち米、焼酎の3つ。米麹をつくるには48時間かかる。米麹が出来上がってからは、もち米と焼酎を混ぜ合わせてタンクに入れる。約2ヶ月後の搾りの工程に入るまでは、数回しか手を入れない。搾ったあとは2〜3年間の長期熟成にはいる。発酵の過程があるわけではないので、何かの拍子に雑菌が入り込むと、繁殖はとめられなくなる。
最悪の場合、タンクに入っているみりんを全て捨てなければいけない可能性もあると言う。清潔さを徹底する所以だ。
みりん仕込みの主な作業は米麹づくり。蒸し上がったうるち米の温度を下げるために、火傷に気をつけながら体いっぱいでうるち米をかき混ぜる。温度が一定のラインまで下がったら、麹菌を振りかける。満遍なく麹菌が行き渡るように、再度うるち米をかき混ぜる。汗が落ちるのを何度も拭きながら、もう1セット同じ作業を繰り返す。
温度が下がり過ぎてしまうと、麹菌の動きが鈍くなってしまうため、作業が終わったら急いで米を室の中へと入れる。室の中に運び込んだ米麹は、その数時間後に切り返しの作業を行う。気温27℃前後、湿度80%前後の室の中で、塊となってしまった米麹をほぐし、一粒一粒がバラバラになった状態をつくり上げる。作業時間はおよそ30分。

一晩寝かせたあとは、もう一度、塊をほぐし、木でつくられた麹蓋に米麹を移し、温度を管理する。「小笠原味淋」では、こうした作業を機械化していないため、常に人が室温と湿度、米麹の温度を把握している。
基本的には作業中は私語厳禁。必要な情報は最小限のコミュニケーションで伝える。温度管理は1時間ごとに室に入って行い、それは夜まで続く。米麹づくりの責任者は、仕込み期間の2週間は気を休めることはできない。

翌朝の仕事は、室から米麹を出すこと。この作業は特に集中力が要る。米麹を落としてしまったら、6人がかりで48時間かけた作業が台無しになってしまうからだ。何年も仕込みのお手伝いに来ているスタッフの山田さんは、「生まれたての赤ちゃんを抱くように扱ってほしい」と教えてくれた。無事、米麹を室から出すことができたら、蒸しあがったもち米と焼酎を混ぜ合わせる作業に入る。
仕込み期間は、05:00〜17:00で綿密な計画が組まれている。作業は、前日の仕込みと、当日の仕込みと、明日のための仕込み、いくつもの仕込みが並行して進む。どこかひとつの作業が滞ってしまうと、翌日や翌々日の作業に影響が出る。「素早く行動することは大切だけど、ひとつひとつの作業を丁寧にやることも大切。スピードと繊細さは、常に意識してほしい」と、何度も仕込みに関わるスタッフに教えてくれた。

「小笠原味淋」のみりん仕込みに参加すると、誰もが、雑用ではなくスタッフの一員として、身をもって米麹づくりを体感することができる。発酵食品や麹を使った料理をつくりたいと考えている人は、一連の流れを知ることで、これからの自分のものづくりに活かせるだろう。発酵や微生物について学んでいる人であれば、教科書に載っている内容を一度に体感でき、体で覚えることができる。

ただし、高い集中力が要り、体力も求められるため、中途半端な気持ちで携わることはできない。
小笠原さんは「求めすぎなのは分かっているけれど、みりんや日本酒、発酵などに興味があり、体力に自信のある人にはぜひ来てほしいです。興味があるとないとでは、やっぱり仕事を覚えるスピードが違う。少しずつ任せる範囲を広げていき、実際に手を動かし、多くのことを学んで欲しいと考えています」と教えてくれた。

求められるものは高い。だからこそ学びも多い。働きながら文化を守り、働きながら自分が成長できる機会は確実にある。毎日使う調味料。使うだけじゃない、食べるだけじゃない、つくることに関わってこそ、その食材を得られるような時代もやってくるかもしれない。そして、何より、今の時代、どうやってつくるか、ものをつくることと生活が切り離され過ぎているとも言える。

ものを作る人は、他のものをつくる人を想像し、お互いを思いやれる。無駄なクレームも起きないし、生産の現場で何か問題が起これば、食べる方も我慢をすることを受け入れられるようになるだろう。物に溢れ、情報に溢れ、しかし、本当の『素の味』のような生産者は減り、作れる量も限られてしまう。その矛盾を解決するためにも、世界は少しずつ寛容さを取り戻していく時代になるべきだと言える。
そんな社会へのメッセージとしても、協働するというCSFのあり方は、これからも模索していきたい。
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