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000森の恵みが育む、天日塩の豊かな味わい
「百姓庵(山口県長門市)」がつくる塩は、日本各地でつくられている天日塩と比較してもなお、とにかく旨味が強い。塩だけで少し舐めてみても、塩辛すぎるということはなく、甘みや苦味のバランスがとれている。まるで製造過程で化学調味料を入れているかもしれないと勘繰るほどだ。
「百姓庵」の塩を実際に料理人に使ってもらったところ、「料理をしていて味が決まらないときにこの塩を使うと、味をまとめることができる」と言っていた。塩の原材料は基本的には海水だけにもかかわらず、ここまでの旨味に違いが出る理由を知るために、その海を確認すると共に、作り手である井上雄然さんとかみさんにお話を聞いてみた。
日本は海に囲まれていることもあり、多くの地域で塩をつくっていた歴史があるが、近年、ひとつの大きな転換点があった。
1971年、上がっていく塩の需要に応えるために、「塩業の整備及び近代化の促進に関する臨時措置法」(通称、塩田法)が成立し、流下式塩田法が禁止となり、イオン交換膜製塩法でしか塩をつくれなくなってしまった。
流下式塩田法は、太陽からの熱や風を利用し塩分濃度を上げた海水を煮詰める方法で、時間がかかる上に使う薪や炭の量が多いことから、非効率な塩づくりだとみなされることになった。一方、イオン交換膜製塩法は電気分解を利用して塩を製造する方法で、短時間で天候に左右されない効率的な塩づくりだと考えられたのだ。
この法律が成立したことをきっかけに、日本では塩化ナトリウムが成分の99.5%以上を占める「精製塩」が広がっていった。1997年に法律の内容は変わり、イオン交換膜製塩法以外でも海水から「天日塩」をつくれるようになったため、百姓庵は流下式塩田法を取り入れている。
雄然さんは塩をつくると決めた際に、日本全国の海の海水を飲み比べ、「海水が一番おいしかった」と語る、向津具(むかつく)半島へと辿り着いた。
「森に雨が降ると、葉っぱや腐葉土に水分が蓄えられます。それがやがて栄養分となって、有機物と一緒に川に流れ込み、そして海へと辿り着きます。この栄養分が塩の旨味になるのです」。
向津具半島は、長州藩が土地を治めていた頃から、海に生きる生物たちに良い影響のある森林「魚付林(うおつきりん)」に指定されていた。今では北長門国定公園の一部となっていて、原生林が80%ほど残っている。
「森の豊かさに加えて、川の水と海水が流れ込む汽水域、その水が逃げにくい湾であることも旨味には重要です。淡水の割合が多いので、そのまま海水を飲んでも、そこまでしょっぱくありません。ここの海水と、森が少なく湾ではない海水を比較する分析をしてもらったことがあるのですが、ここの海水は有機物が約7倍多かったです」。
「天日塩」と「精製塩」を食べ比べると、旨味と塩辛さに違いが大きくある。森と海の栄養を凝縮した塩は深い旨味を感じることができ、高純度の塩化ナトリウムによる塩は鋭い塩っ気がある。
日本各地で天日塩がつくられていた歴史は一度途絶えてしまったけれど、多様なミネラル分を含んだ塩を復活させ、それを届けようと努力している作り手は増えている。
Table to Farmは、非効率だとみなされながらも自然の力を使って塩をつくり続ける作り手を応援したいと考えている。
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