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000自然の力、発酵の力を含んだ『森飼い自然卵』という卵の入り口
おいしい朝ごはんには卵は付きものですね。あつあつの炊きたてごはんに卵を割り入れて、お醤油をちょろり。ホテルの朝の洋食だって、オムレツ、スクランブルエッグ、ハムエッグ。毎日でも食べられる、食べ飽きない料理たち。卵料理は世界中でおいしい朝ごはんの景色をつくり続けてきた存在です。そう考えると、これほど世界中で食べられている食材もそう多くはない気がします。

実際、日本人はいつから卵を毎日のように食べるようになったのでしょう。
日本では、江戸中期には卵を産むための鶏の飼育が少しずつ始まっていったようです。とはいえ、当時はまだまだ貴重な食材で、今日のような日常的な存在に近づいてきたのは明治時代に入り、西洋の食文化が入ってきてからだったそう。そして、決定的な大衆化が始まったのは、1960年代に入り、アメリカ式のケージ飼いによる近代的で高効率な養鶏方法が導入されたことに因ります。生産量が圧倒的に増え、日本中のスーパーに並ぶようになり、価格も手頃になっていきました。現在、日本は一人当たりの年間消費量が、およそ330〜340個だとされています。ほぼほぼ、1日1個は食べていることになる。主食となる米や、味噌・醤油などの調味料を除けば、これほど毎日摂取している食べ物はないかもしれません。それだけに、どういった卵を自分たちが食べているのかは、大いに知っておく必要があると思います。

セオリファーム・笹井賢也さんとの出会い
宮城県で養鶏を営む「セオリファーム」との出会いは、日本中の平飼い卵を調べていた頃に、「平飼い、ホルモン剤不使用、遺伝子組み換え飼料不使用、、、」などのキーワードを打ち込みながら、ネットで探している時でした。およそ70種くらいは、そういった条件を満たす卵を取り寄せて食べ比べてみたと思います。ただ、いつもセオリファームの卵には不思議と、試食会に参加した誰もが口を揃えておいしいと感じてきました。何度も何度もブラインド(どの卵がどの生産者のものかわからない状態)での試食を繰り返したとしても、それでもやっぱり、このセオリファームの卵がおいしい。偶然の出会いに感謝しながら、そのおいしさの理由を知りたく、僕たちは東北への旅を決めました。

旅の計画を立てて、2023年10月初旬に訪問することにしました。しかし、僕たちが伺う少し前、セオリファームで事件が起きていました。獣に多くの鶏がやられてしまい、卵はしばらく出せないことになった、という連絡をいただいたのです。そして、その後、なかなか連絡が取り合えないまま、東北への旅がはじまりました。果たして、セオリファームさんには会えるのだろうか。どれほど大変な状況なのかも分からず、しかし、もはやとにかくおいしい卵をいただいた感謝だけでも伝えるか!と、養鶏場まで顔を出してみることにしました。

セオリファームの卵がとびっきりおいしい理由
蔵王の深い森の中。なんとか養鶏場の前までは道が来ているが、民家は、本当にポツ、ポツ、、とある程度。酒蔵に行く前に納豆を食べない方が良いように、畜産をしている方の元に伺う場合は、疫病の伝染を予防するためにも、こちらも神経を使わなければならない。用心をしながら養鶏場の外の道沿いから大声で(それもかなりの大きさで)、呼びかけてみることにした。なんせ、当日になっても、まだ連絡がつかないままだったからだ。
「すみませーん、、、いらっしゃいますかー???」
「・・・・」
しばらく緊張の沈黙があった後、あいよ、と返事がきた。養鶏場の外、道路の脇から緊張しながら覗きみている僕らを見て、こちらが名乗ると、「入っておいで」と。出会えた安堵と同時に、快く養鶏場の中に導いていただいた。養鶏場の中は、入ってすぐに卵の出荷場、その奥に鶏たちの餌となる飼料づくりの場所、そして鶏たちが歩き、走り、眠り、飛び跳ね、餌を食べ、卵を産みながら暮らす、平飼い場へとつづいていた。
鶏たちはみな穏やかで、笹井さんの後ろをついてまわる。養鶏場の中は、糞尿の嫌な臭いというものは全くない。どこか発酵した匂いのようなものが感じられる。そして、蔵王から吹き下ろす風が抜けて、なんとも心地よい。

ちなみに、鶏舎の糞尿の臭いが出る理由には、大きく2つの要因があると言える。
1つは、鶏たちがどのくらいの面積で飼われているか。鶏の生態として不自然な、身動きができないほど密集させたケージの中で飼育した場合、単位面積あたりに大量の糞尿が生み出される。当然、そんな量を同時に短期間で自然の力だけで分解することは難しい。結果、分解されない糞尿が放置されることによって臭いを放っていく。セオリファームではケージ飼いの23倍、平飼いの6倍という広さで鶏たちが飼育されていた。

もう1つは、鶏たちの腸内環境の状態も大きな影響を持つ。セオリファームでは、自然栽培の亀の尾のくず米や天然の青草、えごま、米ぬか、自ら育てた野菜を混ぜて、およそ40時間をかけて独自の発酵飼料をつくっている。自ずとその発酵飼料を食べた鶏の腸内も発酵環境が整い、出てくる糞尿も微生物に分解されやすい発酵状態がつづいていく。その循環を繰り返しながら、鶏舎の鶏たちが闊歩する土自体が、もはや発酵床となり、糞尿もすぐに分解されるサイクルが生まれていく。鶏舎全体が発酵優位になっているのだ。
飼料作りにそのひと手間をかけることができる生産者は、実は多くはない。鶏の頭数が多いと難しい現実はわからなくはない。なにせ40時間。しかし鶏の頭数が少ないと今度は事業になりにくい。その狭間で養鶏家は難しい判断を日々突きつけられているのだ。

森の中で自然の一部になる時間が与えられた鶏たち
加えて、よく見てみると、鶏舎の端にはいくつも扉がある。笹井さんがその扉を開けると、鶏たちは、少し僕たちの存在に警戒をしながら、ゆっくりと外に出始める。僕たちのような部外者がいない時は、大いに楽しげに出ていくのだそう(お邪魔してごめんね)。

外は、太陽が燦々と降り注ぎ、周囲は木々に囲まれて、落ち葉や雑草たちが土を覆っている。虫が飛び交い、ミミズが潜む。まさに森の中に生まれた小さなポケットのような状態。もちろん、逃げていなくならないように、森の動物たちが襲ってこないように、囲いはつくっているが、木々が日陰をつくり、伸びやかに放たれている。発酵飼料だけでも十分素晴らしく思えたけど、さらに鶏たちの自然の力を引き出しているのは、自然と繋がっている森の中の環境で、自分で餌を見つけ、土を突つき、その中から動物性タンパク質や、微生物が豊富な腐葉土に含まれるミネラルなどを体内にたっぷりと取り込んでいく。森の生態系の循環の中に、小さくも鶏たちが組み込まれている状態だと言える。それもまた、卵の味に大きな影響を与えている。
きれいなレモンイエローの黄身に、ぷっくりと膨らむ白身。味わい深いセオリファームの卵は、さらりとした食味なのにちゃんと旨みやコクを感じる。卵かけご飯や、茶碗蒸しにすると、レモンイエローはもはや真っ白に消えてなくなるのだけれど、バランスのいい旨みは健在。むしろ過剰な味付けは不要で、おいしい醤油を少し加えるだけで十分だ。これはむしろ、卵がおいしければ、使う調味料の量自体を少なくすることができることにも気づかされる。

発酵飼料に加えて、自然の中で鶏たちが自分の力で得る、動物性・植物性が織り混ざった多様な天然飼料。土を被り、寝転び、自分の状態に合わせて過ごす時間。これは、自然と文化のまさに折り合う『卵の素の味』の姿そのものかもしれない。さらに聞けば、水も、わざわざ車で15分ほど走った先にある森にある天然の湧水を汲みにいき、鶏に与えているという。人間だってそこまでできないな、、、ともはや呆気にとられた。
卵を食べることは、鶏が食べたものを食べること
セオリファームの鶏は生育150〜160日頃から卵を産み始め、およそ1年半〜2年の間、なるべく自然な産卵を促し、平均して1日0.6個(産卵率60%)で産みつづけていく(大規模ケージ飼いだと95%だと言うから、鶏たちに大きな負荷がかかっていることはわかる)。鶏が産み始めの時は小さく、次第に大きくなり安定していく。しかし、ほぼ毎日卵を産むと言うことは、体内に摂取したものを体外に出していくまでのサイクルが非常に早いと言うことでもある。あらゆる作物や食べ物にも共通したことだけれど、卵は特に鶏たちが何を食べたかの影響が大きく味に出やすいだろう。市販で売られている卵に、過度に赤い卵を見ることがあるけれど、そこにはパプリカ色素を餌に与えていることもあるそうだ。もはやそれは、鶏には関係のないことじゃないか、と思えてならない。
人が食べるために飼育する鶏の卵だとしても、それが人間の都合だけで育てるだけでは、結果おいしいものにならないことをセオリファームは教えてくれているように思う。実際、たくさんの卵を食べ比べてきたけれど、どこかに不自然な味わいを覚えることも多かった。それぞれの理由を深く把握してはいないので、ここでは書き控えるようにする。ただ、とうもろこしを食べていた鶏の卵は、やっぱり甘味が強く感じるし、牡蠣やホタテなどの殻を与えていた場合に、磯の香りがするようなことがある。卵は、如実にどういったものを食べてきたのかが表現される。
ケージ飼い・平飼い・放し飼いの違い
ここで、あらためて、ケージ飼い、平飼い、放し飼いなどの飼育方法の補足もしておきたい。ケージ飼いは、およそ400㎠程度に1羽の狭い空間でそれぞれが檻の中に入って過ごす飼育方法。管理がしやすいことが特徴にある。ケージ飼いの中にも、エンリッチドケージという、やや広めのケージ飼育などもあるが、ヨーロッパではこれらケージ飼いは、アニマルウェルフェアの観点から基本禁止されている飼育方法となる。日本ではこの飼育方法が多くを占めている。
平飼いは、鶏舎の中で自由に行き来できる環境がある。自由に走り回り、土を突つき、止まり木で休むこともできる。しかし、気をつけなければいけないのは、鶏の密集度。密集度が高ければ、どうしてもストレスが生まれ、鶏同士が喧嘩をしてしまうことも多い。実際、日本には平飼い表記として明確な基準は設定されていない。密集度が高過ぎれば、ケージ飼いとの違いも、あまりないとさせ言えるかもしれない(一部、地鶏などについては平飼い頭数の上限設定をしていることもある)。しかし、頭数管理や環境整備を行うことで、ストレスを少なく管理できれば、穏やかに鶏たちを飼育することができる方法となる。
放し飼いは、鶏舎外の環境で名の如く放し飼いの状態をつくれること。完全に鶏舎なしでの飼育もできるが、鶏舎を併用しながら放し飼いをしている方が一般的だと言える。その理由としては、やはり獣害による影響がある。セオリファームでも、時折さまざまな動物に鶏舎を襲われることがあるらしい。イタチやハクビシンが土中に潜り込み檻を越えて入ってくることもあれば、ハヤブサが空から直滑降で飛んでくることもあるそうだ。放し飼いのリスクはどうしても高くなるが、先にも書いたように、鶏がより自然な状態で暮らせることで、鶏そのものの自然の力を引き出すことはできる。

適正な平飼いや放し飼いの卵の価格を考えたい
平飼いや放し飼いの鶏の卵は、ケージ飼いの卵に比べて高い。私たちの試食の時に並んでいた卵は、それら平飼いや放し飼いの卵で、およそ1個あたり、60円から200円程度まで幅広い。平均すると100〜120円前後でしょうか。平飼いや放し飼いの卵の相場は、このくらいが今の基本にあるように思います。スーパーに並ぶ、一般的なケージ飼いの卵の相場が30円前後と比べると、何倍もの金額ですから、当然、それなりに生活への影響力はあるかも知れないけれど、発酵方向の力を持った鶏を育てるための多くの作業を考えると、その価格は十分に安いといえるのではないだろうか。むしろ、まだ安すぎるのかもしれない。人間もまた、何を食べたかで、どの方向のエネルギーを持つか、が変わるのだから。

卵の色や、不自然な濃過ぎる味、パッケージに書かれた謳い文句、、、私たちが何で判断するべきかを惑わす情報はとにかく多い。どう卵を選んだらいいの?となると思う。そんな時は、ぜひセオリファームの卵を一度味わってみておいてほしい。そこには自然の力を感じるおいしさがあります。そんな味を私たちの体に取り入れることに、もう少し向き合っていくタイミングにあると、卵は教えてくれるように思います。もちろん、日本中の人に、セオリファームさんがつくる卵を届けることはできないので、この育て方や味を知り、セオリファームさんの卵を入り口に、それぞれが暮らしている地域で、自然の力を感じる卵を探してみてほしいと思います。もう一歩踏み込んで、その養鶏場を実際に見て、つくり手と話してみれば、価格は高いものではないと、心から思えるものです。
いつか、森で放し飼いをする卵が、1つ150円から200円くらいが平均になったとしても、それでもちゃんと生産者が持続的に収入を得ながら生産を続け、食べ支えていく人がいる社会を目指して、僕たちも応援する活動をつづけていきたいと思う。迷いなく、森飼いをしたい生産者が増えて、森飼い卵を食べたい生活者がいる社会をつくっていきたい。

2025/4/27の12:15
この原稿を書き終えたちょうどの頃、セオリファームの笹井さんから、僕たち宛に連絡が入った。
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お世話になります。
一昨日また獣害にあい、ほぼ全滅状態になってしまいました。
なので、来週からの出荷が無理になりました。
本当に悔しく残念でなりません。
そして、ゴメンなさい。
今後の事を考える前に、今は後処理にてんてこ舞いです。
取り急ぎの報告でした。
ほんまにゴメンなさい!
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とても悔しいが、これがひとつの森飼いの現実なのです。そして、平時はおいしい卵を何も気にせずに食べさせてもらっておきながら、こういう被害があった時だけは生産者の方に責任を負わせていくことで、果たしていいのだろうか。
それが現実でもあり、ものをつくるリスクでもあり、ただ、それが今の日本の中から、つくり手が減少している原因でもあると、はっきりと思えた。
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