魚の味を引き出す、保存と旨味の干物づくり(上)

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魚の味を引き出す、保存と旨味の干物づくり(上)

取材・文:相馬 夕輝

写真:峰岡 歩未 / 穴見 春樹

干物はとてもシンプルな料理。それだけがあれば食卓の一品になってくれる。焼きさえすれば、味付けをしなくても卓上にやってきてくれるのだから。こんなにありがたい存在はない。そしてなにより、ご飯のおともにもお酒のおともにもおいしい、うれしい存在です。

干物は、魚を塩漬け、と言っても塩で覆うようなものではなく、一般的には10〜15%程度の塩水に漬けるようにして、浸透圧の力を使って魚の細胞から余分な水分を抜いて保存性を高めながら、魚本来が持つ旨みの成分を身の中にぎゅうっと凝縮させていく食べ物です。生の魚を焼くのもフレッシュなおいしさがありますが、干物の方がより濃縮されたおいしさを感じるのはそのおかげと言えます。

そして、魚の旨みを凝縮させていくプロセスには、塩以外にもう一つ方法があります。それは、風や太陽、灰などを使って、干して乾燥させる工程。乾燥によってさらに余分な水分を抜きながら、じっくりそれぞれの干し方による違いが現れ、おいしい干物が出来上がっていきます。

当然、干し過ぎるとパサパサと乾燥してしまうこともあるので、その塩梅をどうするかが職人の腕の見せ所となります。たくさんの干物生産者の方々を巡って、やっぱり仕上げを見極める工程だけは、どれだけレシピがあっても、どれだけ精密に機械で制御していても、最後は感覚で差が生まれる仕事となっていました。

沼津は誰もが知る日本一の干物産地。東京の大消費地が隣接した立地を活かしながら、港の近くには多くの干物業者が今も集積しています。周辺に高い建物は少なく、空は広く、気持ちよく海風が抜けていきます。

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私たちが伺った天日干しの生産者「沼津カネトモ」は、沼津の中にあって、常連客がひっきりなしに店舗に訪れる、創業53年の干物屋。店舗の裏に加工場があり、長崎県産の脂ののったアジを買い付け、手作業で一枚一枚捌いて、静岡県産の平釜塩を使った塩汁を使い、短時間で塩漬けを行い干し上げてます。干し場は作業場の目の前。

燦々と太陽が照らし、海風がよい仕事をしてくれます。風や太陽が、魚の水分を乾燥させている間にやってくれる仕事は本当にたくさんあります。

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天日干しは、機械で風を送りこむタイプの機械乾燥(一夜干しの製法の多くはこの製法)などに比べると、天日でゆっくり乾燥させることで、魚が持つ旨み成分のイノシン酸(鰹節の旨みもこのイノシン酸!)が豊富に含まれた状態を維持しながら乾燥を進めることができます。

また、太陽光をたっぷりと浴びることで、紫外線による殺菌・抗菌効果が働き、腐敗を避けながら保存性が高まっていく効果もあります。自然の力を活かした作り方には、いつも人間が考えるよりもずっと合理的な仕事があるように思えてきます。

そしてよく見ると、他の干物よりも天日干しの方が、干物の表面が黄色く、茶色くなっている傾向に気づきます。そこにも実は理由があるのです。

魚の皮の部分や、身の表面部分が、醤油や味噌が熟成させて茶色くなって美味しく仕上がっていくことと同じ現象の、香りやコクに影響を及ぼす効果があるメーラード反応がおきているのです。この干物のメーラード反応は、焼いた時にも力を発揮してくれます。

あの、なんとも香ばしい香りは、このメーラード反応による効果が大きいのです。そう言えば、田舎のおばあちゃんの料理はどれも茶色いけれど、どれも本当においしかった、そんな記憶はありませんか。日本の食文化において、茶色は正義!それを支えるメーラード反応です。

そして、同じく天日干しをされている、長崎の平田屋さんにも伺ってきました。もはや、その干し場を見るだけで、そりゃこれはおいしいだろう!とわかってしまうくらい、『素の味』をつくる『素の風景』が広がっていました。

「じゃあ、さっそく干しに行くので、後ろを着いておいで。今日は天気が少し悪いから早く終わらせないといけない」そうおっしゃって、軽トラの荷台に干物が載る風景に心躍りながら付いていくと、あっという間に到着しました。
美しくどこまでも青い東シナ海に面した小さな湾の埠頭に、悠々と干し場がある。遠くには軍艦島も望めて、なんとも心地よい。

海の風を遮るものも、太陽の光を遮るものもない。車もほとんど前を通っていなければ、近くを大きな船が往来することもない。実際半日ほどいたけれども、その道を車で通ったのは、生産者の平田浩太朗さんの軽トラと、私たちの取材車くらいだった。

100年前も、テトラポットやコンクリートの埠頭はできてしまったけれど、それ以外はきっとこのまんまの環境で干し続けてきた場所なのだろう、と想像できる。
平田さんの隣にはまだ干し場が続いていて、これは誰の干し場かと聞くと、実はその干し場を使うのはおいしい干物をつくる名物おばちゃんだそうで、平田さんもそこで教わったつくり方を引き継いでいるのだそう。

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毎日、天候を見ながら、太陽の向きに合わせて干す向きを変える。当然、雨が降らない日を中心に作業をおこなう。乾燥具合は、目と手で感覚を大事に確かめながら、その塩梅を見極めていく。加えて、平田さんは11月から3月しか干物作りをしない。冬の冷たく乾燥した空気こそ、干物にとって最適なのだと言う。

天日干しは、屋外という環境を活かして干す伝統的な製法ゆえに、やはり衛生面のケアへの意識も高い。天日による殺菌作用に加えて、あたたかい長崎の気候だからこそ、冷涼な季節にだけ仕込まれている。温和な人柄の中に、徹底した仕事の姿勢がある。平田さんの天日干しの、伸びやかな味わいは、この景色の味でもあり、平田さんの人柄の味ともつながっているように思えた。

干物の現場を見たことで、ああ、やっぱり、天日干しが干物の王様と言えるな、、、と、あらためて思えてきました。今となっては、表面が茶色く仕上がった干物を眺めると、その風格すら感じてしまいます。

しかし、天日に左右される仕事は、なかなか事業として安定化させるのは難しいことも事実としてあります。小さい規模での生産だからこそできる、たくさんの雇用をしないからこそできる、そういう仕事だとも言えるため、昔に比べて、明らかに天日干しの生産者は減ってきています。

天日干しのアジやサバが、それぞれの地元で漁獲されていない素材を使っていたこともあり、冷凍技術や、流通技術などの近代化との並走があってこその天日干し産業があるとしたら、同時に、他の干し方においても、どのように現代の技術で進化しているのかも知っておきたい。

私たちが「素の味」と探しているのは、伝統的であればそれでよい、とは考えておらず、現代的な製法として機械を使いながらも、自然の摂理を活かしながら道具も含めて良い関係をつくりながらものづくりが行われていることを学びたいと思っているし、なにより、とびっきりおいしいものには、必ず、自然と文化の織りなす知恵があるはずで、そうやって、天日干し以外の干物へもリサーチを広げていきました。

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アジの天日干し(カネトモ)

富士山の麓、日本一の干物の産地沼津で創業53年を迎える沼津カネトモの鯵の天日干し。腹だけでなく、背にも旨みたっぷりの脂がのった長崎の鯵を、1枚1枚手作業で魚をさばき、静岡県産の平釜塩を使った無添加塩汁に5〜10分漬けて一気に味を入れ、心地よい海風と太陽の光で干す、昔ながらの干物です。自然な塩気で、熟成された脂の旨みがしっかり感じられる、とてもジューシーな一品です。  

¥735

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