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000魚の味を引き出す、保存と旨味の干物づくり(下)
一夜干し生産者の島根県出雲市の渡邉水産では、自ら「美人干物」という商品を販売しているだけに、本当にどの干物も見るからにきれいなべっぴんさん揃い。

機械制御できる乾燥室を工場内に用意し、乾燥庫内の風の強さを見極めて干し場を調整し、魚に含まれる水分量を機械の特性を理解しながら、職人の判断の元でしっかりコントロールしていきます。塩分濃度の調整や短時間での冷風乾燥。毎日入ってくる魚が毎日同じとは限りません。機械を使えども、魚の種類や身質に応じて職人の見立てが日々求められる仕事となるのです。
聞くと、乾燥室は11月頃の冷たい乾燥した空気に近い状況を意識してつくっているのだそう。自然から学ぶことと、生かすことがあるとしたら、天日干しはその環境そのものを活用し、機械乾燥による一夜干しは、その原理を活かして再現させていると言える。
一夜干しの特徴は、身の中に含まれる水分を中に保持することができること。生の魚に近い、ふっくらとジューシーな食感でありながら、ちゃんと旨味がのってくる。現代の味覚としては、一夜干しは適した製造方法かもしれません。
ごはんもお酒も好きな私としては、天日はごはんに、一夜干しは日本酒に合わせたくなります。魚と米は、なんと良好な関係があるのでしょう。

人間が保存の技術として活用してきた技術には、干す、塩漬けにする、砂糖漬けにする、などさまざまある中で、灰で水分を吸収させて乾燥させたり、灰を水に溶いて灰汁に漬け込み、灰汁のアルカリ性を活かして保存性を高めることなど、灰を使った文化も存在します。

灰干しが、他の干物の製造方法と最も異なるのは、風や太陽の力を借りないということ。
干物に必要だった風と太陽を使わない???不思議に感じますよね。灰は多孔質で水分を吸収する力があり、それを利用する干し方なのです。

干す前の作業は、天日も一夜干しも灰干しも大きくは変わりません。灰干しは、塩汁につけた後に、灰と魚が接しないよう、専用の「透湿性フィルム」を使い、その周りを灰でぐるっと覆います。
このフィルムによって、魚が灰に直接の接触を回避しながら、さらに空気とも触れないことで酸化も防ぐことができます。

また、透湿効果によって、フィルムを通して水分と臭みだけが抜かれていきます。昔は、和紙や不織布でやっていたそうですが、この透湿性フィルムの開発によって、灰の力を最大限引き出せるようになりました。技術の発展は自然の力をより生かす術にもなるのです。
そして、実はこのフィルム、木の植物繊維から分離させて作られている天然素材由来(!)というのも驚きます。

技術との接点として、干物を味わう上で最も寄与した事は、冷凍流通技術でしょう。長崎県・五島で漁獲された身振りの良いアジや、良質な脂がのりにのった身質のノルウェー産のサバなど、おいしい干物には、脂ののったおいしい魚が必要です。
地元で干物に適した身質のアジやサバが、少量でも、不安定でも、見つかることはあります。しかし、それでは、干物をつくれる職人を育てるほどにはならないのが、今の日本の現状だと言えます。魚を、干物を、おいしく安定して食卓でいただけているのは、冷凍流通の技術の下支えと干物職人の存在が必要不可欠です。

旬の時期にとれた魚は脂がのっておいしいものですが、短い期間しか獲れない、加工できない、となると、干物職人の仕事は季節に大きく左右されてしまいます。昔は、そんな季節労働をいろんな場所で重ねながらやっていた方は多かったと聞きます。
稲刈りが終わったら、干物加工を手伝ってもらって、、というご近所のおばさんたちがいらっしゃったとか。しかし、高齢化し、雇用のあり方が変わった今の時代にその働き手を探すのは難しい。国内に限らずとも、海外からも働き手を探さないといけない時代になった、とも言えます。

そんな中、一夜干しの渡邉水産では、わざわざ出身国のご両親の実家に伺い、ちゃんと育った環境を把握した上で、ご両親に「お子さんをお預かりします」と挨拶をするのだそうだ。聞けば、「結果、長女の方のみならず、三姉妹が全員、渡邉水産に来て働いています」と笑い話に。

そんな働き手の方々が、ちゃんと技術を持つ、熟練した職人へと育っていくためには、やっぱり安定した、日々の職人を育てる毎日の仕事は必要です。
干物の素の味には、冷凍技術や流通技術の下支えの上に、おいしい素材と、おいしい加工法を紡ぐ生産者たちの仕事があります。そして、干物加工の職人の方たちは、口を揃えて、こう言います。
「干物にしたからって、その魚のおいしさ以上にはつくれませんから」

とびっきりおいしい干物たちは、素材への敬意を持った、とびっきりいい心構えの職人さんたちに、大切に加工されながら生まれていました。仕事風景を見ている私たちも、なんだかとても温かい気持ちになっていたことを思い出します。おいしいって、そういう連鎖でしかないのかもしれませんね。
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